大力商店の歴史

魚河岸・明治
明治時代の魚河岸
芝浦時代・移転直前
昭和30年代築地岸壁
築地市場竣工・1933

明治15
創業

神奈川県平塚出身の初代力松は、日本橋魚河岸の「大平栄」で奉公していました。その後、力松は「大平栄」から独立し、「大平栄」の「大」と、自身の名前「力松」の「力」を取って、明治15年(1882年)、日本橋魚河岸にて「大力商店」を創業しました。

大正12年9月、関東大震災が発生し、当時の日本橋の魚市場は大きな被害を受け、築地に移転しました。

二代目の茂は、先代「力松」を襲名しました。目利きとして評判の良かった二代目は、高級料理屋や料亭から注文を受けて翌日に配達する「茶屋物屋」の先駆けとなりました。また、当時東京では珍しかった関西の料理人を世話し、一流の料理人として育てました。

明治時代の魚河岸

明治時代の魚河岸

昭和25
株式会社
大力商店設立

昭和25年、二代目力松が55歳で急死しました。二代目の三男である栄夫(しげお)は当時未成年だったため、二代目の妻であるカツが三代目として後を継ぎました。同年、株式会社大力商店を設立しました。
その2年後、栄夫が20歳で四代目として就任しました。四代目は帳場長として番頭をまとめ、約50年間、大力商店を守り続けました。

芝浦時代・移転直前

芝浦時代・移転直前

先人たちの
想いを継ぐ現在

平成21年、現在の社長である五代目勝が後を継ぎました。平成30年10月に築地市場の閉鎖に伴い、豊洲市場に移転しました。現在に至ります。五代目は、お客様一人ひとりを大切にし、笑顔でお客様を迎え、丁寧な仕事をするべく日々励んでいます。

先人たちの努力があってこそ、今の大力があります。時代のニーズに合わせつつ、最高の鮮魚を最高の料理人たちに届けることが、私たちの願いです。

五代目社長

五代目社長

沿革

明治15年

日本橋魚河岸にて開業

昭和10年

築地市場に移転

昭和16年

統制令により市場閉鎖

昭和25年7月

業務再開

昭和56年4月

築地市場内の店舗拡張

平成21年9月

原田勝が5代目として経営を引き継ぐ

平成30年10月

豊洲市場に移転

令和5年8月

店舗拡張